時を超えて真田忍軍の末裔たちが集まった信州上田NINJAフェスティバルレポート

こんにちは、Ninjack編集忍です。 前回告知させていただいた「信州上田NINJAフェスティバル」。

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告知もギリギリだったので、行きたくても行けなかった方々もいらっしゃるでしょう。 そんな人のために忍び働きをするのがNinjackの忍務にござい! ということで、ここ長野大学の信州上田NINJAフェスティバルに潜入してこようとすると、隣の長野女子短期大学で文化祭が開催されていました。 — 女子大生がいっぱい…!こっち行こうかな…
という誘惑に負けそうになりながらもしっかり忍者達をJackして参りましたので、レポートをお楽しみください!(笑)

上田は忍者ポテンシャルがハンパじゃない

会場に着くと、そこには真田十勇士の歌が流れておりました。 果たしてどんなセッションが繰り広げられるのでしょうか? 楽しみでなりません。 ホールでは、以前Nin-terviewに協力してくださった麻田さんが、山田先生の忍者本を売ってました!

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今日はしっかり腹ごしらえをしてきたようです。 まずは忍者研究の第一人者・山田雄司先生が語る「忍者の現在(いま)」。 今回は「忍者による町おこしを上田でどのようにやっていくか」がテーマなので、他の地域や世間の動きから何が必要なのかを教えてくださいます。 昨今の忍者ブームは、歴史的裏付けによって起こっていると語る山田先生。 肥前夢街道や戸隠の忍者村などを例に挙げ、体験型でかつ歴史的なストーリー性を持って、各地が忍者による町おこしをしているとのことです。 歴史的なストーリー性がないとただのアミューズメントでしかなく、ここ上田においても歴史に基づいた取り組みによって町おこしをしていくべきと語ります。 その点、ここ上田は、猿飛佐助に関する伝説が残された「猿飛岩」が残っていたり、ノノウ巫女のお墓がたくさんあり、様々な伝承や古文書が残っている地域。 さらに創作の分野においても、人気を博した真田十勇士を筆頭として、忍者人気の素養があります。 歴史的伝承と創作による人気を秘めたこの上田は、さらなる研究を進めていくことで大変価値がある地域だと、上田の忍者による発展の可能性を示唆してくださいました。 — 確かにこんなにポテンシャルのある地域って珍しい!

甲陽に古くから伝えられた忍びの動き

続いては甲陽流忍傳吾妻流躰術を伝える伊与久さんの演武です。 息子の眞澄丸くんと、弟子の姫佐さんと一緒にご披露してくださいます。 小さい頃から祖母に教えられた、頭の上に椀を乗せて中の水やお湯をこぼさないように身体の軸の作る動作。 人と相対するときの顔の角度や視線なども惜しみなく教えてくれました。 煙管(キセル)を取り出し、弟子の姫佐さんに火をつけてと頼むと・・・ なんと仕込み武器! これはこの後紹介する割田重勝の子孫に教えてもらったものだそうです。 — こういうの忍者っぽくて痺れる…!
山が多いこの地域では、杖術も少しコンパクトになっていて、木々が生い茂る場所でも戦えるようになっています。 その技は着々と子孫にも受け継がれているそうです! — 背中に「忍者/NINJA」って書いてあるのがカワイイ…笑
もう少し詳細な技については、以下の記事でご紹介しておりますのでご興味がありましたら読んでみてください!

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山伏が九字を教えてくれる!

どこからともなく法螺貝の吹く音が聞こえてきました。 四阿山(吾妻山)から来たという山伏の方が、会場のみなさんに九字を教えてくださるようです。 真田忍軍の末裔の方達も、一緒になって九字を切っております! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・・・ と障子をイメージしながら横・縦・横と切っていきます。

九字の解説はこちら [blogcard url='http://ninjack.jp/ninsemi-002/' width='' height='' class='' style='']

Ninjack編集忍もこれまで様々な九字を見て参りましたが、大体は最後に「エイッ!!」と気合いを入れるケースが多いです。 が、この山伏の方は一味違いました。 最後に・・・ って言ったんです。 — 「ピ」って言ったよね…「ピ」って!!!
こんな可愛すぎるなんて、今度から九字を切るときはこの四阿流で行こうと心に誓いました。

いよいよお披露目!真田忍軍の末裔たち

さぁ、いよいよ真田に使えた忍者たちの末裔が、この現代において集います!

猿飛佐助のモデル「横谷左近」の子孫・横谷重則さん

トップバッターは真田十勇士・猿飛佐助のモデルともなったと言われる忍者「横谷左近」の末裔・横谷重則さんです。 家に残された文書において、真田家に使えて大阪の陣や九度山に付き従った忍びの家系であることが記されている、大変貴重な文書を見せてくれました。 横谷さんご自身は、真田信之の長男・信吉に付き従った横谷左近の流れを受け継ぐご子孫でいらっしゃいますが、その弟の庄八郎は真田幸村と共に大阪の陣で討ち死にしたと記されています。 このことから、佐助のモデルと言われているようですね。 横谷家に眠る文書に描かれた「忍法」の字。 横谷左近は出浦昌相と同格の忍び頭だったと言われていますが、忍法がしっかり残されていたようです! — 真田との繋がりや忍術らしき記載があるのがしっかり残ってるなんて…これは胸アツ!

吾妻七騎衆「冨澤豊前守」の子孫・富沢朗さん

先祖「冨澤豊前守」は吾妻七騎衆の1人で、馬廻衆として名が残されています。 弟は信綱に従い、長篠の合戦で討ち死にしたのだとか。 吾妻の地からいらっしゃったそうで、そこに眠る唐沢玄蓄や割田下総についてお話してくださいました。 ご本人は郷土歴史研究家とのことですが、吾妻にいる忍者の話が多かったのですが、あまり冨澤家のことはお話にならなかったのが不思議でしたが・・・ — もしかしてガチの忍者すぎてめっちゃ秘密にしているのかも…?
ミステリアス感たっぷりの富沢氏でした。 ちなみに吾妻で活躍した唐沢玄蓄については、以下の記事で詳しく解説しています!

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吾妻七騎衆の1人「伊能采女」が末裔・伊与久松凬さん

吾妻七騎衆であった「伊能采女」を先祖に持つ、伊与久さん。 口頭伝承で伝わって来た古の動きは、先ほどご紹介したとおりです。 伊与久さんはNin-terviewでかなり細かく取材させていただいたので、こちらをご覧いただくとよくわかります。

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横谷家文書でも出て来ましたが「虎の巻」というワードが、伊与久家の文書にも残されています。 — 虎の巻という語彙のシークレット感がすごくいい!

忍者「禰津潜龍斎」の血を継ぐ根津光義さん

真田家に仕え、修験者や忍者をまとめて指導していたと言われる「禰津潜龍斎」の子孫、根津光儀さん。 第一次上田合戦では、真田昌幸を支えて勝利に導いた腕利きの忍者です。 こちらは昌幸の命令で、武田勝頼を岩櫃城に迎え入れるために造った潜龍院の史跡。 結局武田勝頼はここに来ることはありませんでした。。 根津氏はその後馬医者となって過ごしていましたが、江戸時代に真田の殿様に御目通りするというイベントについて記録した文書が残っていたそう。 — 持っていくお土産や、言った人などが細かに書かれていて「殿様に会える!」っていうワクワク感が伝わって来る文書でした!

歩き巫女のリーダー「神事舞太夫」の家柄・篠原博文さん

くノ一として全国の情報収集を行なっていたとの噂がある歩き巫女たちを束ねたのが「神事舞太夫」。 その家元である篠原博文さんです。 祢津村は日本一歩き巫女が住んでいた村として有名で、その背景には甲賀忍者の流れを汲む望月千代女の存在があったのではないかと、まことしやかにささやかれています。 歩き巫女のものと思われるお墓の数は、なんと160以上! — こんなの絶対巫女道場があったに決まってるじゃないか!
ちなみにこちらは、江戸時代から家に伝わる全国を自由に歩ける通行手形だそうです。

吾妻七騎衆の筆頭「割田重勝」が子孫・割田喜一郎さん

吾妻の忍者の大先輩「割田下総守重勝」の末裔である割田喜一郎さん。 足を怪我してしまったようで、当日は欠席でしたが、心のこもったお手紙でメッセージを伝えてくれました。 出浦昌相とともに真田家を支えた忍者の動きは、割田さんにも小さい頃口伝で伝わっているそうです。 割田下総守重勝の忍者としてのエピソードは以下の記事にまとめてありますので、ご興味あればどうぞ!

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禰津本家の子孫、そして真田幸村の末裔まで!

そしてなんと! 忍者だけではなく武士として真田家に仕えた禰津本家の末裔・禰津幸隆さんもいらっしゃいました。 禰津氏 禰津というと甲陽流を継いだり、鷹匠として有名です。私は忍術や鷹匠も受け継いでいるわけではないのは残念なことでございますが、今日このように祖先のことをご紹介いただいたことは大変ありがたく思っております。この後、この地に眠る祖先のお墓にも報告して帰りたいと思います。 更には、真田幸村の末裔・仙台真田氏の十四代当主であらせられる真田徹氏まで! 真田氏 今いろんなお話を聞いて、感激をしてしまいました。ここにいるみなさんの祖先がいなければ、真田家は、そして自分は存在していなかったかもしれない。本当にありがとうございます。このあとのパネルディスカッションも楽しみにしています。

パネルディスカッション「上田の忍者」

そして今後の上田の町おこしをしていく上で、忍者をどのように活用していくべきかのディスカッションがなされました。 ここからは、信濃の歩き巫女研究家の石川好一先生も特別ゲストとしてご登壇!

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石川先生は、歩き巫女と忍者、そして鷹匠と忍者の関係について、アツく語ってくださいました。 その他、ここに真田忍者の末裔が一同に集まり、この地に残る伝書類についての情報交換や、口伝による口頭伝承について、それを今後上田の町おこしとしてどう活用していくべきかについて、徹底討論されます。 最後のひとこととして、忍者の末裔のみなさんからいただいた忍者で今後上田市をどのように盛り上げていくかついて、コメントをご紹介しましょう。 横谷氏 上田には有名な真田十勇士がいますが、真田幸村・昌幸とはかけ離れた架空の存在として扱われて来ました。昌幸・信繁に仕えた横谷一族の庄八郎がいたように、その事実を紐づければ、虚像ではなく実像に近いものがあったのだと身近に感じていただけるのではないかと思います。私も今後、横谷家文書を通じて、大いに真田十勇士、真田家そして上田市を盛り上げていければと思っております。 富沢氏 吾妻の方では「忍びの乱」というエンタメ性の強いイベントを行なっていますが、このパネルディスカッションような歴史的な物を取り上げて真面目にやっていくイベントを続けていけば、今後も盛り上げられること間違いなしでしょう。 伊与久氏 昔は、真田の忍者に対しては懐疑的でした。忍者という言葉や黒装束のイメージは江戸中期にできたもので、地元では「祖先は忍者」というと自分の祖母も含め、怒り出すことが多かったのは事実です。「我々は真田様に仕えた士分である」と。戦国時代の忍者の実像と、創作の忍者の橋渡しをしていかないとおかしなことになってしまうのではないかと思っています。虚像と実像の間を調整してどのように発信力を高めていけるかが自分の使命。実像の忍者たちの400年ぶりの同窓会、このような稀有な集まりは一度で終わらせてはもったいないので、今後も研究発表などを通じて定期的に活動していきたいと思います。 根津氏  忍者はその昔、忍者は百姓・農民でもありましたよね。百姓という言葉からもありますが、農民って実は何から何までこなせるすごい存在なんです。おそらく戦国を生き抜いてきた人たちがそのまま帰農して、生きてきたからではないでしょうか。農家の方が作る稲を立てかける稲架(はざ)は、縄の使い方、長い竿の使い方を心得ていないとできません。農家の技術が、忍者の技と繋がる部分もあるのではないかと考えているので、その辺りを突き詰めていきたいと思います。 篠原氏 過去から現代、そして未来に向けて、歩き巫女や神事舞太夫を始めとした地元にある資源を活用し、そして伝えていければと思います。隣にいる石川先生に諸々ご教示いただきながら引き続き研究をしてまいります。今後ともよろしくお願いいたします。 石川先生 豪華な兜や偉そうな髭をつけた「英雄」となった人が歴史を作ったと思っている方が多いのではないでしょうか。でも、その「英雄」たちの裏に潜む、歴史上に名が残らない人々、つまり忍者の活躍はあったはずです。戦国の世はそんなにロマンチックなもんじゃない。忍者の世界をもっと調べて、今までの歴史の見方を変えなければならないなと感じています。お隣の市などにも信濃の忍者の可能性はありますから、市をまたいで連携して、地元の忍者の姿が追い求められたらいいなぁと思いますね。 そして最後は山田先生の言葉で締めくくられます。 石川先生  日本全国の中でも小説作品や猿飛岩など、歴史と創作の2つの側面から、古くから忍者文化が積み重なっている地域というのは非常に稀です。みなさんがおっしゃったこと積み重ねていけばもっともっと盛り上がるでしょうし、いろんな商品も出てくると思います。その礎となるのが歴史研究だと思いますので、私も微力ながらご協力していければと思います。本日はありがとうございました。 拍手喝采の中、第3回信州上田NINJAフェスティバルが幕を閉じました。

歴史的に素敵すぎる瞬間に立ち会った気がする

戦国乱世に真田家が治めた上田の地。 そこに真田家の末裔と、それを支えた武士や忍者の一族が、400年の時を超えてこうしてまた同じ地に集結したということは、非常にロマンチックな出来事です。 彼らの祖先たちも同じように、この上田の地で協力しながらその時代を生きて行っていたはず。 ご先祖様たちもこうして何代もあとの子孫が、再び集まって上田について語り合っていることなんて想像もしていなかったでしょう。 その後伊与久さんとお話していて印象的だった言葉がありました。 伊与久氏「おそらくご先祖様も、直接こうやって真田様にお目通りしてお話することなんてなかったでしょう。我が一族の中でこれを成し遂げたのが自分で初めてだとすれば、とても誇り高いことです。」 確かに根津さんのお話にもありましたが、江戸時代になっても真田の殿様にお会いするのにすごくウキウキしながら文書に残すまでの大イベントでしたからね。 きっと天国の忍者のご先祖様たちも、この日をさぞや喜んでいることでしょう。 — そう考えるととても感動的な瞬間に立ち会えた…!一瞬泣きそうになりました。
そして、ここからが本当の真田忍者たちの腕の見せ所です。 徳川に組して徳川が天下をとったからこそ、一流ブランド化された伊賀・甲賀に真田忍者たちはどうやって対抗していくか。 この後近い将来、これまた400年の時を超えて、徳川vs真田の代理戦争として、伊賀・甲賀vs真田忍軍の地方創生を軸とした忍者対決が行われるような気がしてなりません。 Ninjackとしても、今後の真田忍者たちの活躍に期待して密着していきたいと思います! そしてその他の地域の忍者たちはどう出るのか? 全国の地域の忍者たちがそろそろ立ち上がって来るんじゃないかと思い、今からワクワクが止まりません。 — もうすぐ来るぞ、忍者戦国時代の再来が…!
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