「の」:信長の 非道な所業 許すまじ|Nin-Karu vol.10

〜前回までのあらすじ〜

伊賀を突如襲った「第一次天正伊賀の乱」。 織田の忍び「饗談」を「宿茶の毒」で退ける雀丸くんとヤスケ先輩。 織田の猛攻を突破できるのでしょうか。

ケーススタディ:多勢に無勢の地獄絵図

饗談を迎え撃った雀丸くんとヤスケ先輩。 伊賀の里の皆も織田軍への奇襲攻撃で有力武将も討ち落とし、織田信雄は散々にやられて伊勢へと帰りました。 [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jakumaru_L1.gif” name=”雀丸くん”] ヤスケ先輩、やりましたね!へっ、いつでもかかってこいってんだ!
[speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”yasuke_R1.gif” name=”ヤスケ先輩”]あぁ、余裕だったな。でも信雄の背後にはあの信長がいる。怒ってまた攻めて来なければいいが…
ヤスケ先輩の不安は見事に的中し、伊賀の小国に完膚なきまでにやられたことを知った信長は、息子・信雄に激怒するとともに、1581年9月、なんと5もの兵を率いて伊賀に攻め込んできました。 これに対し、伊賀勢の兵はわずか9,000。 兵士ではない農民達も次々に織田軍の手にかかってしまいます。 協力関係にあった甲賀者や伊賀の里の者でさえ何人か信長に調略され、身内の情報を漏らしたこともあり、多くの里の者が殺されました。 [speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”yasuke_R1.gif” name=”ヤスケ先輩”]はぁ…はぁ…雀丸!無事か!?
[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jakumaru_L1.gif” name=”雀丸くん”] ヤスケ先輩、もうダメです…。隣村の源三くんやおみつちゃんまで殺されちゃった…。あいつら忍者でも何でもないし全く抵抗もしてなかったのに…。っていうか最初に攻めてきたのあいつらじゃんか…。僕たちが何したって言うんですか!
[speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”yasuke_R1.gif” name=”ヤスケ先輩”]俺だって同じ思いだ。でもこれが戦の世なんだよ雀丸。とにかく今は百地様のところに行こう。柏原城に立て篭ることになったらしい。
[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jakumaru_L1.gif” name=”雀丸くん”] くっそ…ぜってー信長の息の根を止めてやる…
雀丸くんとヤスケ先輩が柏原城に入ると、百地様が忍びの者達を集めました。 [speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”momochi_R1.gif” name=”百地様”]よし、皆集まったな。随分と少なくなってしまったのぉ。これから我らは柏原城を捨てて逃亡する。皆、散り散りになってどこか諸国に逃げられよ。裏に秘密の出口を用意してある。出立はいますぐじゃ。
[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jakumaru_L1.gif” name=”雀丸くん”] ならば百地様が最初にお逃げください!殿(しんがり)は僕ら下忍が承りますから!
[speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”momochi_R1.gif” name=”百地様”]ならぬ。何年先でもいい。お前ら若い忍び達には我らの恨みを晴らしてもらわねばならぬ。我ら上忍はこれまでよう生きたわ。お前らを逃すためにこの城に残るでな。
[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”jakumaru_L1.gif” name=”雀丸くん”] くっ…承知しました。行きましょう、先輩!
[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”yasuke_L1.gif” name=”ヤスケ先輩”]……百地様。お達者で。
[speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”momochi_R1.gif” name=”百地様”]うむ、お前らもちゃんと逃げ仰せるのじゃぞ。
雀丸くんとヤスケ先輩は、城の裏口より京都方面へ一目散に逃げました。 背後を振り返るとそこには生まれ育った伊賀の里が燃え盛る火炎に包まれています。 こうして、伊賀の人口30,000人が虐殺された「第二次天正伊賀の乱」は起こったのでした。

今も残る傷跡 天正伊賀の乱

織田信長の天下布武ロードマップの通過点として起こった悲劇「天正伊賀の乱」。 戦国時代の戦争は大名同士の争いなので、普通は伊賀のような大名がいない国は、一揆などしたならともかく、巻き添えは喰らえども直接標的になって攻められる筋合いはありません。 そのため伊賀の住民にとってみたらこの乱は侵略戦争です。 インベーダーゲームみたいなものですから、ピコピコと討ち落とさねばなりません。 第一次天正伊賀の乱は、伊賀勢得意のゲリラ戦法で織田信雄を退けます。 まずこれだけで凄いことですよね。 ですがその後、どう考えてもチートな中ボスたちがやってくるんです。 11_伊賀の乱 見てください、この武将のネームバリューを。 信長関連のドラマやゲーム、マンガなんか見ていたら間違いなく登場する有力武将達です。 しかも まわりを かこまれてしまっている! 向こうは4〜5万に対し、伊賀サイドは3000人ほど。 勝目があるわけないですよね。 その虐殺の光景は「地獄絵図のようだ」とも言われたほど、酷いものだったようです。 当時のリーダー的存在とされていた百地丹波は、柏原城で亡くなったという説もあれば、その後紀伊まで逃げて根来衆と一緒になったという説もあります。 今も伊賀の地に「百地」姓の方がいらっしゃるようですが、その読み方は「ももじ」らしいです。 これは本来「もも”ち”」だったのですが、“ち” の音が天正伊賀の乱の「血」を連想してしまうため、読み方を変えたと昔テレビで百地姓のおじいさまが語っておられました。 名字を変えてしまいたくなるほど、相当悲惨なものだったのでしょうね。 新時代を作ってくれた信長は大好きではありますが、こと天正伊賀の乱の事件においては、散っていった忍者や忍者でもない里の農民のことを考えると複雑な気持ちになります。 フィギュアスケートの織田信成さんは、最近になって直系子孫の方から「子孫じゃないはず」と言われたりしているみたいですが、もし子孫だということでしたら伊賀に行くときは気をつけて欲しいものですね…。

信長の 非道な所業 許すまじ

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